下関でお好み焼きを食べようと考えたとき、ふと頭をよぎる不安がある。「自分で焼く店だったらどうしよう」というものだ。お好み焼きの中には、生地やキャベツを客自身が鉄板にのせ、ひっくり返すタイミングも自分で判断する、いわゆるセルフスタイルの店も存在する。慣れていれば楽しい体験だが、初めての土地で、しかも旅の途中となると、うまく焼けるかどうか不安になるのも無理はない。
そんな下関の旅先で、安心して座っているだけでいいお好み焼き店として地元の人々に親しまれているのが、山の田地区にある弘々家である。1993年の創業以来、32年にわたり店主の市山隆志が焼き続けてきたのは、広島風お好み焼きと呼ばれるスタイルだ。広島風の大きな特徴は、生地とキャベツ、麺、卵などを層状に重ねて焼き上げる工程にあり、その一つひとつの層の焼き加減や重ねる順番、火加減の見極めには、長年の経験に裏打ちされた技術が求められる。だからこそ広島や下関の多くのお好み焼き店では、客が自分で焼くのではなく、店の職人が鉄板の前に立って焼き上げるスタイルが主流となっている。
弘々家でも、鉄板の前に立つのは市山自身、あるいは長年その技を受け継いできたスタッフたちだ。客は椅子に腰かけ、目の前で繰り広げられる鉄板さばきを眺めながら、焼き上がりを待つだけでいい。生地を伸ばす音、キャベツが蒸される香り、麺がパリッと焼ける音。五感で楽しむエンターテインメントとしての側面も、プロが焼くお好み焼きの醍醐味と言えるだろう。
弘々家が特にこだわっているのが、麺のパリパリとした食感である。この食感にたどり着くまでに、実に7,000回もの試行錯誤が重ねられたという逸話が店には残っている。麺を焼く温度、油の量、鉄板に触れる時間、そのすべてを細かく調整しながら、外はパリッと香ばしく、中はもちもちとした食感を両立させる技術が磨き上げられてきた。これは一朝一夕で身につくものではなく、まさに職人の技として今も一枚一枚丁寧に受け継がれている。
さらに弘々家の技法には、下関の名物である「かわら蕎麦」からインスピレーションを得た部分があるとも言われている。瓦の上でパリッと焼き上げるかわら蕎麦の焼き技法の発想を、お好み焼きの麺に応用することで、他にはない独自の食感を生み出しているのだ。こうした工夫の積み重ねが評価され、弘々家は食べログのお好み焼き百名店に4年連続で選出されている。これまでに数えきれないほどの客が訪れ、累計来店者数は48万人を超えるという実績も、安心して焼き上がりを待てる理由の一つになっている。
初めて下関を訪れる観光客にとって、慣れない土地で慣れない料理に挑戦するのは、意外とハードルが高いものだ。しかし弘々家であれば、その心配は無用である。焼き方に迷うことも、生焼けや焦げ付きを心配することもなく、ただ鉄板の向こうで繰り広げられる職人の手さばきを楽しみ、焼き上がった一枚をそのまま味わえばいい。旅の疲れを癒す食事の時間だからこそ、余計な心配事は減らして、目の前の一皿に集中したいという人にとって、弘々家はまさにうってつけの選択肢となるはずだ。
このように焼き手にすべてを委ねられる安心感は、特に年配の客や、初めて広島風お好み焼きに触れる観光客にとって心強いものになっている。慣れない土地で、慣れない道具を使いこなす必要がないというのは、想像以上に気持ちを軽くしてくれるものだ。鉄板の熱がじんわりと伝わる中、焼き手の手元だけを眺めていればいいという体験は、忙しい旅程の中でのささやかな休息の時間にもなるだろう。子ども連れの家族にとっても、火や鉄板に子どもが直接触れる心配がないという点は、安心して食事を任せられる大きな理由の一つになっている。
弘々家では、こうした「見て楽しむ、待って楽しむ」という体験そのものを大切にしてきた。焼き手が生地を広げ、キャベツをのせ、麺を重ね、最後にひっくり返す。この一連の流れは、何度見ても飽きることのない小さなショーのようなものだ。長年にわたり同じ手順を繰り返してきたからこそ生まれる無駄のない所作は、見ているだけでも心地よさを感じさせてくれる。焼き上がりを待つ数分間もまた、弘々家での食事体験の一部として楽しんでもらえたらという想いが、店の随所に込められている。
観光で下関を訪れた際、唐戸市場や巌流島、角島大橋などを巡ったあとの食事どころとして、弘々家に立ち寄ってみてはいかがだろうか。プロの手による一枚を、ただ座って待つだけで味わえる安心感は、旅先での小さな贅沢として記憶に残るはずだ。
弘々家 ホームページ:https://koukouya-shimonoseki.com/ メニュー:https://koukouya-shimonoseki.com/メニュー/ アクセス・営業時間:https://koukouya-shimonoseki.com/アクセス・営業時間/

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