下関を訪れると、あちこちで「ふく」という言葉を目にする。「ふく刺し」「ふく汁」「ふくのから揚げ」。標準語であれば「フグ」と呼ぶはずのあの魚が、この土地では一貫して「ふく」と呼ばれている。これは方言というよりも、地元の人々が大切にしてきた縁起の文化なのだ。唐戸市場を訪れる前に、この呼び名の背景を知っておくと、旅の体験がぐっと深いものになる。
「福」を呼び込む魚
下関地域では、フグのことを縁起を担いで「ふく(福)」と呼ぶ。刺身も「フグ刺し」ではなく「ふく刺し」だ。これは単なる言葉遊びではなく、命がけで扱う食材だからこそ、少しでも縁起の良い呼び方をしたいという地元の人々の思いが込められている。
フグには毒があり、扱いを誤れば命に関わる。だからこそ、危険と隣り合わせのこの魚を「福」という前向きな響きに変えて呼ぶことで、感謝と敬意を込めてきたのだろう。唐戸市場でこの「ふく」という言葉を耳にしたら、それは単なる呼び方の違いではなく、この土地の人々が育んできた文化そのものだと考えてみてほしい。
フグ食文化の波乱に満ちた歴史
フグは古くから日本人に食べられてきた魚で、縄文時代の貝塚からもその骨が出土している。下関市安岡にある潮待貝塚からも、二千年以上前のものと推定されるフグの骨が発見されているというから、この土地とフグの関わりは想像以上に古い。
しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。戦国時代、朝鮮出兵の際に立ち寄った下関周辺でフグを食べた兵士が中毒死する事件が相次いだことから、時の権力者・豊臣秀吉は「河豚食用禁止の令」を発令した。江戸時代に入ってもこの禁令は続き、毛利藩ではフグを食べて死者が出た場合にはお家断絶という厳しい掟まで設けられていたという。
復活のきっかけは初代総理大臣
長らく食用が禁じられていたフグが再び日の目を見るきっかけをつくったのが、初代内閣総理大臣・伊藤博文だと言われている。下関の料亭でフグ料理を口にした伊藤博文がその美味しさに感銘を受け、山口県での解禁に動いたという逸話が伝わっている。
その後、下関には全国各地から天然・養殖のフグが集まるようになり、フグ専門の加工場や料理店が集積する「フグの本場」としての地位を確立していった。唐戸市場がふぐの市場として全国に知られるようになった背景には、こうした長い歴史の積み重ねがあるのだ。
唐戸市場で「ふく」を味わう
唐戸市場では、手頃に「ふく刺し」を味わえることも大きな魅力のひとつだ。週末や祝日に開催される「活きいき馬関街」では、その日に仕入れられたふくの握りをはじめ、ふく汁など、多彩なふくグルメが屋台に並ぶ。地元の人々が愛用する呼び方とともに、この魚の味わいを楽しんでみてほしい。
市場を巡る中で「ふく」という言葉を実際に使ってみるのも、旅の楽しみ方のひとつだ。地元の店の人に「ふく刺しはありますか」と尋ねてみれば、きっと温かい会話が生まれることだろう。
下関の食文化を締めくくる一枚
唐戸市場でふくの縁起と味わいに触れた後は、下関の食文化をもうひとつ体験してみるのもおすすめだ。山の田エリアで1993年から営業を続ける広島お好み焼き 弘々家(こうこうや)は、地元・下関の「瓦そば」からヒントを得て、7,000回もの試行錯誤の末に完成させた「パリパリ麺」の広島お好み焼きを提供している。ふくの縁起にあやかった市場散策の後、鉄板の上でジュワッ、パリッと焼き上がる一枚を味わえば、下関ならではの一日がより印象深いものになるはずだ。
まとめ
「ふぐ」と「ふく」。たった一文字の違いに、下関の人々が大切にしてきた縁起と、フグ食文化を守り抜いてきた長い歴史が込められている。唐戸市場を訪れる際は、ぜひこの言葉の背景に思いを馳せながら、地元の人々と同じように「ふく」と呼んでみてほしい。それだけで、旅の景色が少し違って見えてくるはずだ。
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※唐戸散策の後の一枚は、山の田エリアの弘々家(こうこうや)へ。ご予約はお電話またはLINE公式アカウントから承っております。

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